『トヨタ チーフエンジニアの仕事』
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目次
はじめに
第1章 若者市場を攻略せよ──bB開発
危機意識
ファンカーゴのヒット
市場調査から開発スタート
「俺たちがとやかく言うクルマじゃないな!」
開発費半減から試作車レス開発へ
大部屋方式
完成度100%図面
オートサロンへ出展
大ヒット
第2章 トヨタの新車開発の流れと開発(広義)の組織体制
(1)新車開発の流れ
開発の各プロセスは並列で進められる
商品企画
製品企画
デザイン
設計
試作・評価
生産準備、量産トライ
発売準備
原価企画
(2)開発の組織体制
CEは製品企画部に所属
関係する部門
技術部門
CEの一日
第3章 CEの資質
私のCE17ヵ条
その1「車の企画開発は情熱だ、CEは寝ても覚めても独創商品の実現を思い続けよ」
その2「CEは高い目標を完遂できる段取り力を身につけよ」
その3「CEは誰よりも旺盛な知的好奇心を持て」
その4「CEは自分の思いや考えをわかりやすく表出する能力を身につけよ」
その5「CEはいざという時に助けてくれる幅広い人脈をつくっておけ」
その6「CEは自分のグループの人事・庶務係長と心得よ」
その7「CEは愚直に地道に徹底的に図面をチェックすべし」
その8「CEは愚直に地道に徹底的に原価の畑を耕し原価目標を達成すべし」
その9「CEは自分の商品をどう売るか営業任せにするな、自分なりに宣伝、売り方を考えよ」
その10「CEは自分に足りない専門知識は専門家を上手に使え、しかし常に勉強を怠るな」
その11「CEは現地現物を率先垂範せよ、自らの五感を総動員して体感せよ」
その12「CEは早い段階で『ユーザーとの対話型開発』を実践せよ、迷ったらお客様を観察せよ」
その13「CEは開発日程遅れを最大の恥と思え」
その14「CEは一生懸命若手や次世代CEを育てよ、時には厳しく上手に叱れ」
その15「CEは最も強力な新市場開拓の営業マン、積極的に新市場へ出かけよ」
その16「CEは自分を支えてくれる関係者全員に対する感謝の心を常に忘れるな」
その17「CEは24時間戦える体力、気力を日頃から養っておくこと」
どんな人がCEになるのか
CEの育て方
第4章 CE制度を支えるトヨタの仕組み
①原価企画
②問題解決
③伝え方
④教育システム
⑤日程管理
⑥デザイン
⑦品質改善と顧客志向
⑧協力企業
⑨生産技術
⑩技術者集団
CE制度導入失敗談
第5章 CEの本棚
トヨタ時代(~2005年)
ダイハツ時代(2006年~)
長谷川龍雄氏の「主査に関する10ヵ条」
和田明広氏の10ヵ条(チーフエンジニアの心掛けについて)
おわりに
◆参考文献、引用文献
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目 次
はじめに
第1章 若者市場を攻略せよ──bB開発
危機意識
ファンカーゴのヒット
市場調査から開発スタート
なぜトヨタ車は若者に人気がないのか、若者市場攻略をうたっていたプロジェクトがなぜ今までうまくいかなかったのかを振り返ってみた。また、『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(野中郁次郎ほか著)も読んで勉強した。その結果、トヨタ車は信頼性・品質といったイメージは高いものの、センスの良さ・遊び心といったイメージは低いことがわかった。その理由の一つとして、開発当初はデザインに遊び心があったものが、開発が進むにつれ冒険を嫌う上司の気持ちを忖そん度たくするあまり、徐々に失われていってしまうのではと分析した
「俺たちがとやかく言うクルマじゃないな!」
私の印象では正直なところ「粗削りで少しやり過ぎ」と感じたが、若者の心を射止めるにはこれぐらいは必要だと腹を括くくった。ここで開発責任者の私が「もう少し控え目に」などと注文をつけていてはこれまでの失敗の轍てつを踏むことになる。私は、若いデザイナーのアイデアを外圧から守ってやろうと考えた。案の定、商品企画部や国内営業各部は、少々やり過ぎなスタイリングに対して「こんな未完成な意匠では審査の対象にならない、もっと完成度を高めて欲しい」と審査の場で営業トップがクギを刺す発言をすると事前に伝えてきた。もう一度出直しかと諦めの気持ちも半分くらい持ちながら審査当日を迎えた。
審査は通常、クレイモデル(粘土模型)やモックアップ(外見を実物そっくりに似せて作られた実物大の模型)を前に、製品企画のCEがコンセプト・セリングポイント・諸元を、デザイナーが内外スタイリングの詳細をフォーマットに従い説明する。しかし今回はデザイナーたちの提案で、型通りの説明は一切せず若者がbBと生き生きと楽しんでいる様子を映像と音楽だけでプレゼンした。デザイナーたちはクレイモデルの横でアロハシャツを着てアピールするという奇策に出た。
プレゼンの後、各部のコメントをもらうのだがなかなか出てこない。しばらくして、奥田社長から「俺たちがとやかく言うクルマじゃないな!」の一言。結局それが実質のゴーサインとなった。
開発費半減から試作車レス開発へ
車両の企画、デザインは順調に進みだしていたが、CEにとっては一つ大きな頭痛の種があった。それは、製品企画部管掌の岡本一雄取締役から「開発費を従来の半分にせよ」という重たい宿題をもらっていたからだった。
そこで行き着いたのが、「試作車レス開発」だった。しかし、「試作車レス開発」を最初から目指したわけではない。「開発費半減」のため、1998年半ばから開発費を管理する部署を中心に検討が重ねられた。これまでの開発を振り返り、設計のやり直しがなかったら、開発のムダをとことん排除したら、さまざまな条件の下、開発費をどのくらい減らせるかを検討した。何十台も製作していた試作車の台数を半減、3分の1、5分の1にしたらいくら減らせるかなどとシミュレーションを繰り返した。
しかし、なかなか開発費半減にはたどり着かない。もうアイデアが尽きたと思われた時、半ばヤケクソになり1台も試作車を造らない前提で計算してみると、なんと半減が達成できるではないか。というわけで「今度は試作車を1台も造らずに、車両性能の予測や組付け性の確認ができないか」を考えることにした。
従来の開発のやり方では、試作車を使ったさまざまな検討が不可欠だった。まず試作図を基に試作車を造り、組付け性や車両性能を確認し、問題があれば設計変更を行う。そのサイクルを回し図面の完成度を高めていく。そして、完成度がほぼ100%の図面=正式図になった段階で、金型製作にかかる。
1990年代半ばのITの急速な進展は、自動車の製品開発や生産技術の分野にも影響を与えた。96年、生産技術部門が主体となり「V‐Comm(Visual & Virtual Communication)」を開発し、デジタルエンジニアリングが始まっていた。このV‐Commは、車両設計データや仕入先からの部品データをもとに、新型車をコンピューターの仮想空間で、3次元の状態で組み立てるシステムである。これにより、組付け作業性、部品干渉の有無、見栄えなどの検討ができた。試作車の必要がなく、画面上で問題点が把握できるので、開発期間の短縮、開発費用の削減に大きく貢献した。試作車レスでも図面の完成度を高められた。また、海外の工場との間でもビジュアルコミュニケーションが可能になった。
同じく、CAE(Computer Aided Engineering)、つまりコンピューター上での試作品を用いてシミュレーションし分析する技術も進化し、NV(Noise Vibration)解析、強度・剛性解析、衝突安全解析などが可能になっていた。
こうした背景を踏まえ、bBプロジェクトでは生産技術部門や技術部門内の評価部署の全面協力を得て、約1400項目について試作車に頼らない性能確認のシナリオを作成した。現在ではCAE解析技術の進化で性能予測シミュレーションのメニューが増えているが、当時はまだ限られていたので、あらゆる知恵を結集した。例えば、bBとプラットフォームを共用し、同じ車体サイズ、同じエンジン、駆動系を搭載する車両で、すでに量産化していたファンカーゴの評価結果も活用することにした。
具体的な性能確認手段は、次のような手段に分類できた。①CAE、②V‐Comm、③図面DR(デザインレビュー)、④改造車・デザインモックアップ、⑤評価代用(ファンカーゴの結果で代用)、⑥性能確認車(実車を造ってから)。
CAEについては、NV、強度・剛性、衝突安全に加え、このbBでは、シートベルトアンカー強度、ルーフ積雪強度、ドア開閉耐久強度、ドア過開き強度、ワイパー風切り音などで新たなCAE適用に挑戦してみることにした。V‐Commでは、組付け性はもちろん、サービス性、配線、配管の問題摘出に挑戦した。視界の確認ではラウム改造車を、シートベルトフィッティングなどの使用操作性確認ではデザインモックアップを使用するなど、ありとあらゆる確認手段を総動員した。
生産技術部門でも、全工程でのデジタルアッセンブリー(組付け)、プレス部品の成型性、大型バンパーの剛性、溶接工程でのバーチャルファクトリー、塗装工程での車体熱ひずみなどをシミュレーションで行うことに挑戦してもらった。それまでは何台もの試作車でのトライから得られたデータを頼りに量産金型の造り込みを行っていた。各部署とも、清水の舞台から飛び降りる覚悟だった。
さて、これらのシミュレーションの結果、すべて問題をつぶしこんで性能予測がOKとなり、生産準備を行い量産車を造れば販売できるかと言えばそうはいかない。国交省から認可を取得しなければならないからだ。量産の最初の車でいきなり認可取得の受検をするのはさすがにリスクが大きい。そこで、性能確認車と呼ぶ車を造ることにした。この性能確認車で認証試験を合格できるはずとの事前確認をしてから国交省に持ち込む安全策を取る計画にした。また、当然のことだが、この性能確認車ですべての評価項目がシミュレーション結果と同じかどうかも確認することとした(そのため性能確認車と呼ぶことにした)。
また、万が一にも、NGが出た時のことを想定し、皆で知恵を絞り編み出したのが、「危機管理活動」だった。NGが出るかもしれない評価項目、またはギリギリで判断OKとした評価項目に対しては、あらかじめ、具体的なNGモードを予測し、対策案や対策品を準備しておいた。これは、万一の際を考え、対策検討や、部品準備に手間を取らせないためで、たとえ、NGが出てもすぐに対策車両を準備して評価OKの確認ができるようにと考えた結果だった。約60項目の危機管理活動を行った。
こうして、開発費半減、試作車レス開発の仕事の進め方のシナリオが完成したのだった。具体的な開発業務の始まる前に、ここまであれやこれやと仕事の進め方を議論したことは、おそらくトヨタでは初めてのことだったと思う。
ここまで段取りするには数ヵ月はかかっただろうか、岡本取締役に報告に行くと開口一番、「やっとできたかね」。一通り話を聞き終えると「これで是非頑張って欲しい」と意外にもあっさり承認してくれた。私は、このやり方を成功させるため、つまり関係部署との調整やコミュニケーションロス、ミスをとことんなくすため、関係者(設計、評価、生産技術、工場、仕入先)が一つの部屋に集まって業務を行う「大部屋方式」でやらせて欲しいとお願いした。了解してもらったうえに、ボデー設計は要だからと優秀なリーダー坂本直君を人選し充ててくれた。ちなみにこの「大部屋方式」というのは、私が10年近く前に社内の懸賞論文の中で提案したものだった。
大部屋方式
さて、デザイン中間審査でゴーサインが出たことを受けて、いよいよ「完成度100%図面を日程遅れなしで出す」というテーマとの格闘が始まった。私はこれまでの仕事のやり方を反省し、図面作成段階では、設計者が密にコミュニケーションを取らないといけない部署つまりいつもそばにいて欲しい関係者、車両実験部、生産技術部、工場検査部、経理部(原価)、調達部(仕入先)の主要メンバーに一つの部屋に集まってもらうことにした。そしてこの部屋をbB大部屋と名付けた。生産技術部は本社から社内連絡バスに乗って20分くらいかかる元町工場が本拠地だったので、技術部門の大部屋に常駐してくれて本当に助かった。
大部屋の壁には、車両企画の概要、各部門、各部の目標や業務計画進捗管理表などを見える化したパネルを貼りだし、この部屋に来ればプロジェクトの進み具合が一目でわかるように工夫した。大部屋の中の大テーブルでは、すぐに図面を広げたり、ペーパーモデル(厚紙でつくった車体の部分モデル)などを前に議論できるようにした。即断即決を旨としていたので、CEの私も議論に参加、プロジェクトを前進させるため全体最適の観点から意思決定を下した
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完成度100%図面
試作車を造って不具合を見つけ対策、つまり設計変更を織り込む、これを繰り返して図面の完成度を向上させていくやり方が創業以来脈々と受け継がれてきたやり方だった。試作段階では1件でも多くの不具合を見つけることがリスペクトされることさえあった。しかし、裏を返せば、試作車の基になった図面の完成度の低さを表しているようなものだ。
私が入社した頃(1976年)から、設計チェックシート、設計マニュアル、不具合事例集、下手くそ設計事例集、生産技術要件書、評価部署や品質保証部署の不具合再発防止資料などを充実させ、設計変更を減らす、つまり図面完成度を向上させる地道な努力が続いていた。
その結果、3回まであった試作回数が、徐々に減り1回だけで済ませられるように進化していた。しかし、設計変更をほぼゼロにして即生産準備に取り掛かろうとするには、大英断が必要だった。
CAE、V‐Commの他、さまざまな方法で性能予測を行い、摘出された不具合の対策をすべて正式図には反映するようにした。その舞台となったのが大部屋活動だった。出図後は、生産準備つまり量産金型、量産設備の手配、製作へと移行していった。生産技術部門だけでなく、多くの仕入先でも試作品をつくるプロセスを飛ばしていきなり量産準備にかかってもらった。
オートサロンへ出展
大ヒット
第2章 トヨタの新車開発の流れと開発(広義)の組織体制
(1)新車開発の流れ
開発の各プロセスは並列で進められる
愛知県豊田市のトヨタ本社地区にある広報施設トヨタ会館の「クルマができるまで」の解説でもこの流れで説明されている。
1 調査企画「クルマはお客様の声から生まれる」
2 デザイン「クルマのイメージを絵にする」
3 クレイモデル製作「実物大のモデルをつくる」
4 カラーデザイン「クルマの色を決める」
5 設計「クルマの設計図をつくる」
6 試作車製作「試作車をつくる」
7 テスト「たくさんのテストをする」
8 生産「工場で生産する」
9 輸送「クルマを運ぶ」
10 納車「お客様のもとへ」
しかし、残念ながら、ここでの説明には、本書のテーマであるCEは登場しない。
大きな流れはこの通りだが、現実には、各プロセスが次の図2‐1のように直列ではなく、図2‐2のように並列で進められている。
自動車業界では、意匠が承認されてからラインオフまでの期間を開発期間と呼んでいる。1990年代半ばまでは日本の自動車業界では、平均で30ヵ月かかっていたが、市場の売れ筋にあわせて機動的に新車を投入できるようにすることが経営課題となり、各社とも期間短縮にしのぎを削った。その結果bBでは13・5ヵ月、イストでは10ヵ月を達成した。
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商品企画:商売、営業面から見た車両についての規定
製品企画:開発、生産面から見た車両についての規定
さらに、開発という言葉についても定義しておく。狭義の開発(製品企画、デザイン、設計、試作・評価)という意味で使われる場合と、広義の開発(前工程の商品企画、後工程の生産準備、量産トライまでを含める)という場合がある。トヨタ学研究者や経済ジャーナリストもしばしば混同している。本書では、開発とは狭義の製品開発という意味合いで記述したい。広義で使う場合は、本章のタイトルのように開発(広義)とする(○○開発と呼ばれる言い方、例えば商品開発、製品開発、技術開発、研究開発、R&D=研究・製品開発、先行開発、量産開発などのようにも使われるので本当にややこしい)。
さらに、新車開発には大きく分けて、A、B、Cの3つがあるが、本書では、圧倒的にプロジェクト数の多いB、Cを前提に話を進める。
A 燃料電池車ミライ、初代プリウスなどメーカーオリエンティドの車
B 市場創造型車、いわゆる新車名の車
C 市場対応型車、いわゆるモデルチェンジの車
商品企画
図2‐1、図2‐2に示したように、新車開発の始めの一歩は商品企画からスタートする。事務屋を主体とする商品企画部では、まず、中長期的なラインナップ、つまり既存車種、例えば、主軸車種クラウン、コロナ、カローラのモデルチェンジをいつ行うとか、拡大する新市場向けに兄弟車や新車名モデルをいつごろ投入するかという新商品計画を立案する。次に、各モデルについて、ターゲット購買層が確実に存在するのか、購買層の心を摑むセリングポイントは何か、販売価格帯、販売目標台数などを大まかに検討。商品企画会議に上程し経営トップの承認をもらう。商品企画会議で承認されると、CEや主査が任命され、いよいよ開発、生産のための製品企画がスタートする。
一般論としては、このような流れで商品企画が、そして次のステップの製品企画が始まるが、実際には、いろいろな始まり方があった。
製品企画
①CEイメージ
商品企画会議での承認案をベースに、ものづくりの世界でも通用するよう翻訳するのが製品企画。
もう一度CE自身が腹の底から納得できるように、さまざまなマーケティング情報、販売部門(国内企画、海外企画、トヨタ店営業、トヨペット店営業……)の声、品質部門からの指摘、さらには競合他社の新車情報を集め、これから製品開発する新型車の開発キーワードや車両概要(車両主要諸元、性能、デザインイメージ、セリングポイント、価格帯など)をCEイメージとしてまとめあげる。CEとしての初の大仕事となる。
この段階では、原価や開発費の制約は一時頭の片隅へ追いやり、夢や理想も織り込んだりする。デザインや車両の具体的な検討を推進する核として関係部署へ提示する。
②CE構想
CE構想とは、CEイメージをベースに、営業、デザイン、技術、生産技術、工場、品質保証などの各部門と新商品の実現性を調整した集大成。これをもって開発決定提案を行い、製品企画会議で会社トップの承認を得る。この承認が得られなければ開発は先へは進めない。何度もダメだしを食らい開発が遅れてしまったプロジェクトをいくつも横目で見てきた。一発で承認をもらうのがCEの腕の見せ所だ。
ちなみに、私のCE時代に担当した8代目カムリの開発提案は以下の構成だった。
1 企画の背景
2 開発の狙い
3 セリングポイント
4 商品力目標
5 パッケージ
6 車両各部概要
7 車種構成
8 質量企画
9 原価企画
10 開発大日程
セリングポイントは名の通り、新車の「売り」で、8代目カムリの場合、以下をあげた。
①FFセダンの通常進化を超越したパッケージによる新スタイリッシュセダン
②クラスダントツの安全装備
③新型V6エンジン+新型オートマティックトランスミッションによる感動の加速感
④ダントツの内外装品質感
具体的には、デザインコンセプト、性能目標、法規制対応レベル、仕様装備、主要5設計(ボデー、シャシー、エンジン、駆動系、電子)でどのような要素技術を用いるかを説明する。後で詳述するが、原価企画の観点、つまり目標利益額が経理部門から示されるので、実現できそうかも説明しなければならない。約半年後の製品企画会議で原価目標が審議され承認をもらうことになる。たいていは、目指す車の商品力と与えられた原価目標とは大きく乖かい離りし、実現に向けた苦難の道のりが始まる。
CE構想が製品企画会議(開発決定)で承認されれば、いよいよデザイン、設計のフェーズへ移っていくが、製品企画としては、車両仕様書を発行したり、原価や質量の集計、構想通りに設計が進んでいるかのフォローをしたりと多くの仕事が待ち構えている。
デザイン
CEイメージ、CE構想で提示されたデザインコンセプトに基づいて、エクステリア、インテリアのそれぞれの担当デザイナーがスケッチを描く。少し遅れて外形カラー、内装ファブリックの検討も始まる。グローバルモデルになれば、米国、欧州のデザイン開発拠点も競作スケッチを描く。そうして集められたさまざまなスケッチはセレクションにかけられ絞り込まれ、クレイモデルのステージへ移行していく。クレイモデルも最初は5分の1サイズだが1案に絞り込まれる頃には1分の1サイズとなる。また、1990年代末からは、クレイモデルだけでなく、デジタルモデルも製作されデザイン検討の期間短縮に貢献した。
デザインは商品の売れ行きを大きく左右するので、3つの大きな関所(意匠選択、意匠確定、意匠承認)が設けられ、その都度、営業部門や経営陣の声、時代のトレンド変化や競合他社情報もしっかりフィードバックされる。こうしてデザイン案の選定や絞り込みが進み、最終案に近づいていく。
1分の1サイズでの検討の段階になると、設計や評価部署、生産技術部門とのデータのやり取りが始まり、設計的に構造が成り立つか、性能面(特に空力性能)は大丈夫か、工場で量産が可能か、原価面でも目標原価に収まりそうかなど、多くのポイントが慎重に確認される。デザイナー、設計者、生産技術者との間で激論が交わされることも珍しくない。方向づけの場にはCEも同席し注文をつけることもある。開発決定と並び経営トップから意匠承認を得るのがCEにとって開発前半の大きなヤマ場となる。承認を受けたデザインのデータを後工程に出力しデザイン開発は完了となる。
多くのプロジェクトではこのようなデザイン開発の流れだが、私の経験したbBやイストの場合は違った。共に、デザイン部での先行検討の段階で、良いデザインができたということで、いきなり量産化の方向づけがなされ、急きゅう遽きょ、本格的な設計業務をスタートさせることになった。一方、デザイン承認をもらうのに苦労したプロジェクトもある。初代ラウムではなんと9回も審査に落ちて、設計がなかなかスタートできなかった。
設計
主要設計5部(最近では業務の細分化に伴い部の数は増えている)と呼ばれるボデー設計、シャシー設計、エンジン設計、駆動系設計、電子設計の各部(部の名称はわかりやすいように変更している)が部品の設計を担当する。
確定したデザインに基づき、大量生産が可能な設計情報(図面)をつくる段階が設計である。
設計というと、図面を描く作業を思い浮かべるかもしれないが、実際の設計では、まず図面を描く前に、その部品に課せられた役割を、与えられた制約条件(原価、質量、生産制約……)の中でどう実現させるか、形状も工学的に美しいかなどを検討し尽くす。図面を描く作業は、それらの検討を終えすべてが決まってから後の作業だ。
といっても、なかなか一発で100%の図面が描けるわけではない。実際には3段階、つまり、①構造計画図、②SE(サイマルテイニアス・エンジニアリング)図面、③正式図面の順に完成度を高めていく。
①の構造計画図はボデーの骨格、結合部位の板合わせの断面図集のようなもの。②のSE図面は、ゴルフにたとえれば素振り、試打だ。SE図面は後工程の生産技術や工場部門へ渡され、つくりやすさとか生産設備や金型設計の事前検討に使われ、その検討結果は③の正式図面にフィードバックされる。ボデー設計の守備範囲は大半がデザインに依存するので、新設図面点数は一番多い。
さて、ここまでのボデーとはいわゆる車体の鉄板部分の設計のことで、車体に組付けられる何万点もの部品の設計は、多くのサプライヤー(協力会社)にお願いする。トヨタが外注部品設計申入書(外設申)を出し、サプライヤーで設計を行いトヨタが承認するスタイルだ。代表的な例は、エアコン(デンソー)、コンビネーションメーター(デンソー)、ヘッドランプ(小糸製作所)、リアコンビネーションランプ(小糸製作所)、カーオーディオ(パイオニア)、エンジンコンピューター(デンソー)、ワイヤーハーネス(住友電装など)、タイヤ(ミシュラン、ダンロップなど)、等々。
シャシー設計部、電子設計部でも計画図をまず描いて、さまざまな部門の検討結果をフィードバックさせて100%完成度の正式図を目指す。トヨタ内製図もあればサプライヤーにお願いする図面もある。エンジン、駆動系の設計は、ボデー、シャシー、電子部品に比べてはるかに試作・評価期間が必要になるため、エンジン、駆動系を新設する場合は車両の製品開発とは別の日程で開発が進められる。既存エンジン、既存駆動系を搭載する多くの場合は、搭載や車両適合の設計がメインとなり、新型車の製品開発日程計画の中に組み込まれる。
こうして出来上がった図面は、最後にCEがサインしてはじめて成立する。すべての設計図には一枚一枚に関係者のサイン欄がある。サイン欄は、設計者本人、その上司、製品企画部に分かれている。製品企画部のサイン欄は一つだが、たいてい、CE付き(主査、課長級、係長級)とCEの2名がサインをする。
試作・評価
①試作車ありの場合
描かれた図面を基に試作品が造られる。まずは、製作日数が多くかかる車体が板金で造られる。試作車のボデーでは、金型で絞った鉄板を、スゴ技を持った匠が緻密な手加工を施して図面形状に仕上げる。試作板金工場で、自分の描いた図面通りの形が現れた時は感動の一瞬だ。そうしてできた鉄板部品を溶接し、蓋もの(エンジンフード、ドアなど)を組付けていくと、徐々に車体の形に近づいていく。
組付けられる部品(エンジンなどの大物から、エンブレムなどの小物までいろいろ)は、ユニット試作工場やサプライヤーにつくってもらう。そして、組付け順序に従い、指定期日に各々が集められる。塗装が終わったボデーシェル(鉄板でできた車体)に、量産時を想定した順番に組付けていき少しずつ完成形に近づいていく。この時、生産技術部門は、量産時でも確実に無理なく作業が行えるかを厳しく確認していく。CEももちろん立ち会う。
ちなみに、試作車の製作コストは当時(1980年代)数千万円から高いと1億円。試作車が完成し検査に合格すれば、各種の評価部署に引き渡される。評価部署とは、安全、強度・信頼性、操縦安定性、動力、振動騒音、熱など。安全性の中には、衝突試験のように一発勝負で、あっという間にその役目を終える車もある。万一NGになれば直ちに対策会議を開き対策を決め部品手配、試作車手配、次の試験の予定を決める。評価項目は、プロジェクトによりまちまちだが、bBの時は約1400項目だった。
こうしてさまざまな試験、不具合摘出、対策のサイクルを回し、すべての評価が合格になると、晴れて開発(狭義)が完了したことになる。
ここからいよいよ生産準備のフェーズに移行する。これまで説明したように、試作車を造り評価し、不具合を見つけ出して、その対策として設計変更を図面に織り込む。この繰り返しで図面の完成度を高めていく。私が入社した頃(1976年)は、試作は1回だけでなく2回、3回と行われていた。試作車の台数も多いプロジェクトでは100台以上にもなった。
②試作車レスの場合
このように、試作車ありの開発では時間と費用がかかった。そこで、グローバルな自動車開発競争に打ち勝つべく、開発費用の削減、開発リードタイムの短縮のため、試作回数を減らす努力が設計・評価部署を始めとするさまざまな部署で重ねられた。
生産準備、量産トライ
生産準備も正式図面を受け取ってからスタートするのではなく、すでに構造計画図段階から始まっている。SE図の検討が完了する頃には、製品企画会議で生準着手という大きな関門(大きな設計変更の心配があるか否かが主なチェックポイント)が待ち受けている。いよいよ本格的に生産準備を始めてもらいますよと承認をもらう場だ。
これを経て、設計では正式図面を描き、生産準備では金型、設備設計が本格化する。実際の金型を造る前には、改めて金型製作に着手していいかどうかの確認の会議も行われる。サプライヤーでも同様に量産に向けた準備が進められる。ちなみにこうした段階でも、原価低減の努力は続けられている(例えば、材料の歩留まり、金型構造の簡素化による費用削減、生産設備の原価低減、工程サイクルタイムの短縮など)。
こうして、量産に向けた設備、金型が準備できると、量産金型で部品がつくられ、それらの部品が工場のパイロットラインに集められ、いよいよ量産トライ(この段階で造られた車は販売されない)といってラインに乗せて組み立てる作業が行われる。最初はゆっくりだが徐々に速くなり最終的には量産時と同じスピードでトライを行う。
この量産トライが工場で行われる際、RE(レジデントエンジニア)といって、CE始め製品開発部門のキーマンが工場に数ヵ月常駐し、設計通りに車が仕上がっているか、目標性能がきちんと出ているかを入念に確認する。また、日本国内向け車両は、国の認可を取得するために、量産トライの車両を使って認証試験を受検し認可を取得する。これで開発(広義)がすべて完了、晴れてお客様にお乗りいただく車の量産が始まる。
発売準備
開発も終盤に差し掛かると発売準備の仕事が本格化する。新車名のプロジェクトとなると尚更だ。広報プレスリリース資料チェック、カタログチェックなど、用語の使い方、寸法、性能など諸元の細かな数値まで目を皿にしてチェックする。
広報や営業ももう少し自分事として確認してくれればいいのだが、多くの場合、技術部門へ丸投げしてくる。そんな中最大の仕事は、テレビコマーシャルづくりだ。東京の宣伝部まで出かけ、広告代理店に新商品の概要やターゲット顧客について説明するのだ。たいてい3社の広告代理店が集められ我々製品企画の車両概要説明を聞いて、約1ヵ月後に広告代理店がコマーシャルの素案、つまり絵コンテなどが示される。俳優を使う場合は候補が示される。1案へ絞り込む投票にはCEにも1票が与えられた。
原価企画
第4章「CE制度を支えるトヨタの仕組み」でも詳しく述べるが、「製品企画の仕事=原価企画の仕事」といっても過言ではない。トヨタの特長の一つと言ってもよい。製品企画の初期から始められ、何度も達成状況をフォローされる。量産が始まってからでも、例えば、円高緊急原価低減活動と称して特別低減目標が与えられることもあった。CEは先頭になってその旗を振った。
「売価-利益=原価」の公式から導き出される厳しい原価目標を各設計へ割り振る。もちろん何度もCEと各設計部署との間でキャッチボールが行われる。そして、各設計とともに目標達成に向け一緒に低減アイデアを検討する。
時には、低減策ばかりでなく「こんなにも素晴らしい車なのだからもっと高くても、たくさん売れるだろう」と営業に販売価格アップや原価企画台数の上乗せの交渉を行うこともある。また、競合他社の原価や生産現場にムダはないかなども徹底的に調査し、必要低減額の必達に向け、文字通り血のにじむような努力を続ける。
①SE図の始まる前の製品企画会議(原価目標審議)、②正式図出図後の製品企画会議(原価達成報告)、③ラインオフ数ヵ月前の製品企画会議(原価の量産トライフォロー)の3つが、原価の観点での関門だ。図2‐3に示すタイミングで、役員も勢ぞろいする製品企画会議が行われ、CEには厳しい質問、注文が浴びせられる。各々の関門では通過できる基準が設けられていて、それをクリアできないと先へ進めない。一発でこの関門を通過させるのがCEの腕の見せ所だった。
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(2)開発の組織体制
CEは製品企画部に所属
ここでは、開発組織、役割分担について紹介したい。その「製品の社長」といわれるCEはどの部門のどの部に所属しているのだろうか。図2‐4に示すように、製品開発部門の中の製品企画部に所属する形となっている。製品の社長なのだから、全部門を統括できるよう組織的に上位に位置するのかと思われるが、職制上はそのようにはなっていない。製品開発部門(エンジニア集団)の中にいるので、トヨタではチーフエンジニアと呼ばれている(と私は思っている)。
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図2‐4に示すように、製品企画部門(主に量産開発を担当)と研究開発部門(主に先行開発や研究開発を担当)とを合わせて技術部門、または技術部と呼び、他部門に比べ圧倒的に多くの人員が配置されていた。会社の発展につれ、車種数が増え仕向け地も多様化し、組織が肥大化した。開発業務における車両プロジェクトごとのまとまりを尊重し、1992年9月に開発センター制(肥大化した製品開発部門を3つのセンターへ分割、第1センターではFR車、第2センターではFF車、第3センターでは商用車を担当)、2015年4月にカンパニー制(企画、開発、生産技術、工場をひと括りに)へと大がかりな組織変更が行われた。その結果、当然のことながら部門や部署の呼び名も変更になった。本書では、自動車開発の流れ、部門ごとの役割、CEの動きを理解しやすくするために、あえて開発センター制になる前のシンプルな組織を前提に説明させていただく。
関係する部門
「技術部門」といえども他の部門との関係はあくまで対等だ。図2‐4に示した以外にも部門は存在するが、新商品の開発に関わりがある部門のみ示した。トヨタではそれぞれの部門機能は非常に強力で、各々が自分たちが正しいと信じ仕事を進める企業風土となっている。
「商品企画部門」は、開発(狭義)の前工程にあたり、新商品中長期計画や個別新商品の方向づけを行う。
「営業部門」には、国内企画部、海外企画部、国内なら各販売チャネルのディーラーを取り仕切る○○店営業部が存在、また、海外なら地域別に部が存在した。
「経理部門」には、財務会計を行う部署とは別に、管理会計を行う部が存在。ここの旗振りで原価低減活動が推進される。会社の利益計画を取り仕切り、新商品開発では台当たりいくら営業利益を上げないといけないかのガイドラインも提示する、会社の利益計画のセンター。
「調達部門」は、すべての調達品の統括部門。CEにとっては、世界最適調達の旗印の下、コスト、品質、安定供給などを保証できる仕入先を見つけてくれる部門だ。
「生産技術部門」には、車体系ではプレス、溶接、塗装、組立、樹脂成型、ユニット系では鋳造、鍛造、機械加工、機械組付けなどの部署がある。トヨタ生産方式を体現する部門だ。
「製造部門」は、多くの工場のこと。元町、堤、高岡、上郷……、またボデーメーカーにも生産を委託していた。生産委託の例としては、ラウムはセントラル自動車(現在のトヨタ自動車東日本)、プロボックス・サクシードはダイハツ工業などがある。今では海外進出が進み世界中に多くの工場がある。
「品質保証部門」は、世界中に販売した車のクレームの窓口で市場不具合の真因を解析する。
技術部門
さて、技術部門は、製品開発部門と研究開発部門とから成り立っている。CEが所属するのは製品開発部門の製品企画部で、ここにはこれまで説明してきたさまざまな機能を担当する部が存在する。デザイン部、主要5設計部、試作部、車両実験部、材料技術部、知的財産部、技術管理部など。製品企画部の中には各CEごとにZゼット○と呼ばれるチームが存在。アルファベットの最後がZであることから、車両開発の最終責任を負うという意味合いだ。車種を表す英字を加え、例えば、カローラはZE、カムリはZVなどと呼ばれていた。
製品企画の各チームでは、CEの下に主査がいることが多かった。CEが直接指揮を執ることもあったが、カローラやカムリのような世界戦略車となると、CEの下に複数の主査がいた。例えば、私が担当したカムリでは、日本・北米のカムリ担当、アジアのカムリ担当、HV担当と3人の主査がいた。
さらに主査の下に主査付きといって課長クラス、係長クラスが4人から6人、大きなプロジェクトでは10人以上が付いていた。人数はプロジェクトの規模や難易度による。また、CEがボデー設計出身だと、主査付きにはエンジン設計や実験の出身者が付けられ、グループ全体として偏かたよりがないよう配慮された。ただ、主査付きはプロジェクトの始めから配置されるのではなく、開発が進み、業務が増えるに従い増員される。
車両を任されたCE・主査は、図2‐5に示すように、たて串を刺すように、デザイン部、主要5設計部、試作部、車両実験部の各車両開発を担当するグループ、メンバーと連携を取り、開発実務を進めていく。CEの上司は誰かとしばしば尋ねられるが、製品企画部のトップは例外で部長級ではなく役員だった。
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1990年代初めに行われた組織改革、センター制の導入後はセンター長である役員がCEの上司となった。ちなみに、製品開発部門のトップは技術担当副社長で、研究開発部門も統括していた。2016年4月には、製品群ごとのカンパニー制へ移行。7つのカンパニーのうち4つが車両カンパニーで、
「Toyota Compact Car Company」
「Mid-size Vehicle Company」
「CV Company」
「Lexus International Co.」。
2017年1月には5番目の車両カンパニーとして「新興国小型車カンパニー」が設立された。
というわけで、CEは「その製品の社長」と言われる立場ではあるが、社内では製品開発部門の中の製品企画部の一部長に過ぎない。従って、自由に好き勝手にやれるかといえば、ノーである。原則、上司であるセンター長(役員)に相談し、了解をもらいながら、開発を進めていく。多くの場合、製品開発部門の外との連携、スムーズな仕事の受け渡しが必要なため、説得力、調整力、リーダーシップが非常に重要だった。トヨタは、各部門の力が強大で、その部門の方針に合致していればスムーズにいくが、新しいやり方に挑戦する場合などは苦労が絶えなかった。とりわけ試作車レス開発に初めて挑戦した時の苦労は格別だった。
CEが「俺は決めた、これで行く!」と言い切った案が、各設計部で受け入れ難い内容だったり、設計部署間の高度な調整を要する内容だったりする場合がある。そういう時は、主査、主査付きが調整役に回り現実解に落とすこともある。そのため、CE、主査、主査付きのコンビ/チームワークもCE制度の中では重要なポイントだった。
CEの一日
CEがいる製品企画のZグループには、設計者を始め製品開発部門の関係者、他部門の関係者がひっきりなしに訪れる。よろず相談所だ。一日中会議というのも珍しくない。「原価目標値が達成できないのでCE持ち分を分けて欲しい」という要望だったり、「性能目標がなかなか届きません」という報告だったり。しかし、CEとしては簡単に妥協するわけにはいかない。一緒に、現物を前に対策案を考えたり、アイデアを出したりと苦労は絶えない。
豊田市の本社にいるなら、分刻みのスケジュールで会議が続く。CEがすべての打ち合わせに顔を出すのは不可能なので、毎朝、何人かいる主査付きに、出席する会議を割り振る。打ち合わせの方向づけ、落としどころを指示して権限委譲せざるを得なかった。
あとは、現地現物を大切にするトヨタならではと思うが、現場に出向くスケジュールも多い。デザインの改善アイデアができたから見てほしい、不具合対策の改良案ができたから見てほしい、乗心地など性能向上を織り込んだ試作車ができたから試乗してほしい、などなど。
また、自分の担当以外のプロジェクトのイベントにも、勉強のため、ヒントをもらうために出かける。競合他車の分解展示の見学、部品別原価低減検討会へ出席、競合車の実車デザインレビュー、他のCEのプロジェクトの開発進捗報告会……。さらに自分がプレゼンしなければならない会議資料の準備(販売店代表者会議で新商品のプレゼン、社外での講演会など)もこれらの合間を縫ってやらなければならない。
国内出張には、部品メーカーでの新製品、新技術の提案イベント、東富士テストコースでの試乗会、開発委託先(セントラル自動車、関東自動車工業〈現・トヨタ自動車東日本〉、豊田自動織機、ダイハツ工業……)での業務報告会、広告代理店との打ち合わせなどがあり、海外出張には、海外調達部品の工場視察、生産工場での生産準備状況視察、量産トライの立ち会い、全米ディーラー大会、ジャーナリスト試乗会イベント対応などがあった。
新車発表後もCEは気が休まる暇はない。新車発表会は、基本的には社長の仕事だが、その後の記者試乗会対応、新聞や雑誌記者のインタビュー、販売店でのトークイベント対応はCEの仕事となり、土日返上で対応する。しかし、何か問題が起きて生産が滞ろうものなら、不具合対応に一目散で駆け付けた。
また、発表イベント後も、多くのお客様の声を分析、不満点の解消や改善、原価低減などの業務が待ち受けていた。
第3章 CEの資質
私のCE17ヵ条
その1「車の企画開発は情熱だ、CEは寝ても覚めても独創商品の実現を思い続けよ」
その2「CEは高い目標を完遂できる段取り力を身につけよ」
その3「CEは誰よりも旺盛な知的好奇心を持て」
その4「CEは自分の思いや考えをわかりやすく表出する能力を身につけよ」
その5「CEはいざという時に助けてくれる幅広い人脈をつくっておけ」
その6「CEは自分のグループの人事・庶務係長と心得よ」
その7「CEは愚直に地道に徹底的に図面をチェックすべし」
その8「CEは愚直に地道に徹底的に原価の畑を耕し原価目標を達成すべし」
その9「CEは自分の商品をどう売るか営業任せにするな、自分なりに宣伝、売り方を考えよ」
その10「CEは自分に足りない専門知識は専門家を上手に使え、しかし常に勉強を怠るな」
その11「CEは現地現物を率先垂範せよ、自らの五感を総動員して体感せよ」
その12「CEは早い段階で『ユーザーとの対話型開発』を実践せよ、迷ったらお客様を観察せよ」
その13「CEは開発日程遅れを最大の恥と思え」
その14「CEは一生懸命若手や次世代CEを育てよ、時には厳しく上手に叱れ」
その15「CEは最も強力な新市場開拓の営業マン、積極的に新市場へ出かけよ」
その16「CEは自分を支えてくれる関係者全員に対する感謝の心を常に忘れるな」
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その1「車の企画開発は情熱だ、CEは寝ても覚めても独創商品の実現を思い続けよ」
技術力が最重要であることはいうまでもないが、技術力だけでは車の企画開発はできないし、情熱だけでもできない
その2「CEは高い目標を完遂できる段取り力を身につけよ」
できないのは能力が低いからではなく段取りが悪いと思え。
プロジェクトの初めにラインオフまでの全プロセスを思い描き、自分なりの進め方を考えること。デザイン、設計、実験、生産技術、工場、新車進行管理、営業、調達の実務代表者と本音でプロジェクト全体の進め方を議論し、こだわり、マイルストーン、役割分担等を明文化、見える化すること。つまり大部屋活動の発想で取り組むこと。不測の事態(ワーストケースシナリオ)への対応も忘れずに。
2001年末にカムリCEの指名を受け、新年は新型カムリの構想を練ろうとしていた。そんなとき正月の日経新聞に次のような記事を見つけた。
「ホンダ『シビック』は世界十二ヵ国・地域での量産開始時期のずれは九ヵ月、トヨタ『カローラ』の半分以下」
具体的にはこういうことだ。ホンダシビック、トヨタカローラは世界中に生産工場が十数ヵ所ある。日本でモデルチェンジが行われてから順次各国で切り替えが行われ、すべての国でモデルチェンジをやりきるのに必要な期間が、ホンダのほうが圧倒的に短いという内容だった。
日本で行われたモデルチェンジのニュースはすぐに世界中に知れ渡り、新モデルを待ち買い控えが起こるというのだ。じつはカムリでも同じ課題を抱えていた。まず日米で同時に立ち上げて軌道に乗せ、その後1年以上の期間をかけて順次その他の海外工場の生産を立ち上げていた。開発陣を悩ませたのは、現地調達部品は、どうせ新設するのだからとそれぞれの地域の走りに合わせるという大義名分の下、微妙に形状や特性を変えてしまっていたことだ。シャシー部品に多かった。豪州仕様、中近東仕様、タイ仕様、台湾仕様、という具合だった。従って、走行耐久テストなどは一から行わなければならず開発工数が膨らむ原因となっていた。
私の頭には即座に「世界同時立ち上げ」が閃いた。これが実現できれば、開発、生産効率を大幅に高められるだけでなく最新カムリを世界中のお客様にタイムリーにお届けできる。「世界同時立ち上げ」を開発のやり方のチャレンジテーマにしようと考えた。
私の右腕だった布施健一郎主査と具体的な開発のやり方について連日作戦を練り続けた。基本方針は、「大部屋活動」によって「究極の図面」をつくり(詳細はその7を参照)、世界中の関係者を巻き込み「グローバル原価低減活動」「グローバル号試」を通じて、各工場でスムーズに立ち上げようという方向に収しゅう斂れんしていった。 「大部屋活動」については、開発中枢となる本社(愛知県豊田市)の「グローバル大部屋」と米国、オーストラリア、タイ、台湾、中国の「現地大部屋」とが相互に連携を図りながらプロジェクトを推進する体制を考えた。
しかし、大切なのは、「新型カムリ」開発にかける「思い」を共有しタイムリーな情報シェアリングを徹底することだった。そのため、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションにこだわり最低でも3ヵ月に一度は世界各拠点の代表者を日本に招集し「マイルストーン会議」を開催し、課題の共有と開発の進捗管理を行うようにした。
また、布施主査と私は、日本の「グローバル大部屋」の考えやCEの思いを直接現地スタッフへ伝えるべく、何度も海外拠点へ赴いた。日常的な情報共有化策として採用した「議事録速達活動」(その6を参照)は、日本の「グローバル大部屋」での意思決定がスピード感を持って伝えられ、グローバルなチーム・カムリの連帯感を生んでくれた。
その3「CEは誰よりも旺盛な知的好奇心を持て」
自動車に関係がなくてもいいからいろいろな分野に興味を持つこと、興味が持てなくなった時はCEを辞める時。
pod──ソニーとの協業によるITコンセプトカー
初の議論は1泊2日の合宿。ソニー、トヨタの議論がまったく嚙み合わない。当たり前だ。企業風土も大きく異なるうえに、試作品をつくるプロセスや規模感も異なる。極端な話、ソニーさんの商品はハンダごてを片手にひと月頑張ればできてしまう、そんな感覚だった。
車はそんなわけにはいかない。試作車たった1台でも張りぼてではなく走るように仕立てるには、企画、デザイン、設計をし、そして部品を仕入先につくってもらい組み立てる。必要な人数、時間もソニーの物差しとはまったく違った。
さらにそもそものモノづくりに対する基本姿勢も異なっていた。トヨタはどうすれば世のため人のための商品になるかを追求するが、ソニーさんはまったく逆、世の中の役に立たずとも潤滑油になれば良い、面白ければやろうという考え方だった。否、世の中の役に立たないものをつくろうという考え方だった。目から鱗だった。
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その4「CEは自分の思いや考えをわかりやすく表出する能力を身につけよ」
車の企画開発は非常に多くの人との共同作業。自分の思い、やり方をわかりやすく伝える努力を怠るな。一度の説明では伝わらないと思え。英語も大切だがまず日本語を磨け。プレゼン技術(動画、現物、原理モデルなど)にもこだわること。
一発で承認をもらうには
1 資料をつくろうとする時には、聞いてくれる人にどのようなインパクトを与えるのか、その後その人がどう動くのかまで想定して資料をつくり始める。役員などの偉い人は15分刻みのスケジュールで動いていて、こちらが大変な準備をして説明をしたとしても、話が終われば「ありがとう」で、次の社員が入ってきてまた別の話となる。それが毎日続いている。どうしたらトップの頭の中に説明内容が生き残ってくれるかが勝負だ。
2 真っ白いA3用紙に向き合い、思考を一枚に練り上げる。鉛筆と消しゴムを持ち、文字を書いたり、絵を描いたり、消したりする。考えるとは頭の中にあることを言葉にして表現すること、必ず手書きにした。A3一枚では少し足りないと思っても、サイズを大きくするのではなく、これまで得た情報(単語やミニフレーズ、グラフなど)をいたずらに広げないで、余肉をはぎ取り思考を研ぎ澄ませる。また、A3一枚へのこだわりは、聞く側の吸収できる限界への配慮にもつながる。一枚の中にある複数の情報を同時に見ることによって、別の新たな発想が生まれる。何枚ものパワポのスライドを見ていたのでは絶対に生まれてこない。
3 なかなか進まなくても、堂々巡りであっても、自分の頭だけで考えていく。苦しくても耐える。
仕事人のための資料づくり、説明の仕方
私の製品企画チームメンバーには、以下の点を全員に心掛けてもらった。
1 聴き手を把握
事前に聴き手のプロフィールを完璧に把握しておくこと。会議で説明するのか、役員や部次長クラスに個別に説明するのか、聴き手はどんな人(技術系、営業系、仕入先、販売店、学生、一般)か、聴き手が持っている予備知識は、人数、性別、年齢は。しっかり調べておく。
2 プレゼン資料のスタイル
パワポか、A3一枚か、資料なしでいくのかあらかじめ決めてから、話す内容をA3またはA4一枚に鉛筆で書いていく。ストーリー、「序論、本論、結論」や「起承転結」に配慮しながら、鉛筆と消しゴムで仕上げていく。
3 資料の作成
文字の大きさ、建蔽率、色数(4色まで)、色使い、グラフ(棒・折れ線・円グラフの使い分け)、動画や写真(聴き手が見てなるほどと思うコンテンツに厳選)、強調すべきはアンダーラインや太字、矢印の利用、数字はストーリーに適したように丸めるなどに留意して作成する。販売店、ジャーナリストなどへ新技術を説明する時など、聴き手の予備知識に配慮し専門用語などは気をつけて使うようにした。
4 本番、発表の留意点
パワポの場合はまずパワポに書いてある言葉をしゃべる。書いてない背景や補足などの説明は、「資料にありませんが」と断り、どこをしゃべっているか聴き手を迷わせないように留意する。堂々と低い声で、はっきり滑舌よく、相手の目を見つめながら話す。
5 質疑応答の準備
予期せぬ質問に立ち往生したり、挑発質問に踊らされたりしないように気をつけた。特に、偉い様(経営トップ、役員、関係部長)に承認をもらう時は、念入りな準備が必要。質問に答えられず結局承認をもらえず討ち死にすることのないよう心掛けた。
6 一にも二にも、リハーサル、予行演習が肝心
講演などでは、最初の3分間(文字数で800字)は、原稿なしでしゃべれるようにする。また、与えられた時間内で説明しきれるかあらかじめ確認しておく。
7 資料配付のタイミング
パワポでの説明の場合、手許資料を事前に配付すべきかどうか悩むところだが、私は基本的には説明の後に配付した。先に配付してしまうと、どうしても手許資料に見入ってしまい、説明者のほうを向いてくれないからだ。
その5「CEはいざという時に助けてくれる幅広い人脈をつくっておけ」
社内だけでなく社外にも広く人脈を。困った時には異業種の人からの一言が思わぬヒントに。情報はどこかに在るのではなく、人と人との接点で生まれるものだ。
その6「CEは自分のグループの人事・庶務係長と心得よ」
自分の城は自分で守るべし。ヒト、カネは自ら調達する気概を持て。
カムリ──英訳秘書の採用
製品企画の各チームの頭数は、プロジェクトの規模や難易度に応じ決められていた。カムリチームにも決まりに従い割り当てられていたが、世界同時立ち上げというこれまでにない重たいテーマを推進していくには人手は足りなかった。
海外拠点とのやり取り、情報共有の仕事は膨大で、早く、正しく伝えることに特に神経を使った。それまでは、日本語議事録→英訳→発送、の手順を踏んでいたが、どうしても相手に届くまでに1週間、下手をすると10日近くかかってしまっていた。
私は「ホワイトボードを2台おいて、1台には日本語でもう1台にはそれを英訳してもらい、会議終了時には日本語、英語の議事録を世界の各拠点へファックスしたい」と考えた。費用がかかると渋る管理部署を必死に説得し主査付きとして通訳を一人増員してもらった。
この「議事録速達活動」は、日本での議論の状況がタイムリーにわかると好評だった。世界同時立ち上げのカムリプロジェクトにとってはとても重要なことだった。
その7「CEは愚直に地道に徹底的に図面をチェックすべし」
製造業の原点は図面。時間の許す限り図面を診、設計者にフィードバックのこと。大部屋活動の目的は完成度100%図面を日程通り出図することにあり。
カムリ──「究極の図面」「一部品一図面」
第1章のbB開発では「完成度100%図面の日程通りの出図」のことを紹介したが、カムリではグローバルな規模で「究極の図面」「一部品一図面」に挑戦した。
試作車レス開発を実現する鍵はなんといっても「究極の図面づくり」だった。つまり後で設計変更を生じさせない「究極の図面」を最初からつくれば効率がよい、試作車も必要ないというわけだ。
日本生産のプロジェクトbBでは試作車レス開発がすでに実績となっていた(第1章を参照)が、今回のような大規模グローバルプロジェクトでは初の挑戦だった。推進舞台となったのが、DR(デザインレビュー)会議とよばれた図面検討会だ。
「図面をつくるのは設計者の仕事」という既成概念を捨て、評価部署、生産技術、工場、仕入先も図面づくりに関わり、各々の立場から知恵を出し合った。その甲斐あって究極の図面を出図することができた。設計変更がなければ型製作も順調に進む。その結果、質の高い本型部品が欠品なく揃い、きわめて完成度の高いCV(性能確認車)を短期間で仕上げることができた。
もう一つ図面づくりで挑戦したのが「一部品一図面」だ。これまで同じ部品にもかかわらず生産拠点ごとに異なる図面が何枚も存在するケースがあったからだ。各国ニーズや工場、仕入先の都合に対応してのものだったが、グローバル品質や生産準備の効率アップに対しては阻害要因になっていた。「一部品一図面」になれば同一品質の確保、ひいては世界同時展開が容易になる。
世界中の仕入先や各拠点の生産担当者にもDR会議に参加してもらい、顕在化した問題点は設計段階で解決され図面に織り込まれた。生産に関わるすべての声を「ワンボイス化」する作業がグローバル規模で進められ、世界同時立ち上げと世界同一品質の実現に繫がった。
その8「CEは愚直に地道に徹底的に原価の畑を耕し原価目標を達成すべし」
とにかく全費目を見える化しそのうえで部品ごとに材料費、加工費、型費に分解せよ。
聖域無し、緻密、愚直、集計ミス撲滅が原価低減成功の鍵。
製品企画の仕事の大半は、原価目標の達成に向けた仕事だった。こんなクルマを造りたいという理想の前に立ちはだかる大きな必要低減額。開発の初期段階から量産開始直前まで、場合によっては、量産が始まってからも原価低減と格闘した。デザイン段階、設計段階、評価段階、生産準備段階、CEの頭の中はいつも原価目標に収まるかどうかが気がかりだった(第4章の①原価企画も参照)
その9「CEは自分の商品をどう売るか営業任せにするな、自分なりに宣伝、売り方を考えよ」
一番商品を知っているのはCE、広告代理店任せにするな。
その10「CEは自分に足りない専門知識は専門家を上手に使え、しかし常に勉強を怠るな」
常に専門家と対等にやりあえるように努力を。質問力を磨いておけ。一つくらいはトヨタ一の専門家になれるよう努力すること。
主査になってすぐに、上司の都築CEから、「すべてに精通するのは不可能、その都度勉強すればいい」と慰めてもらったものの、少しでも多くの専門知識を知っていればそれに越したことはないと思った。ボデー設計の出身で、内装、ボデー板金、外装とそれなりに幅広く経験してきたつもりだったが、いざ主査になってみると自分の専門知識の不足を痛感した。ラウムの開発では、私より少し前に製品企画へ異動していたボデー設計出身の金井俊彦君には随分助けてもらった。また、書店や図書館で車の専門書を何冊も読み返した。
一般的に、自動車開発の専門知識というと、自動車工学をイメージするが、私は、図3‐2のような専門領域を定義した。後年ダイハツ工業に移籍してからだが、社員全員が自動車という商品をもっと深く理解できるようにと教育センターをつくった。その時の教育プログラムはこの専門領域の考え方を基にした。
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その11「CEは現地現物を率先垂範せよ、自らの五感を総動員して体感せよ」
とにかく開発現場、工場、ディーラー、お客様の所へ出かけ、よく見よく聴け。新技術、新装備のネタ、問題解決のヒントは現場にあり。
その12「CEは早い段階で『ユーザーとの対話型開発』を実践せよ、迷ったらお客様を観察せよ」
しっかり準備したうえでしかも早い段階に実践せよ。例えばキーの使い勝手などは下手な議論よりユーザー観察を。アンケート(ユーザーの言葉を聞く)の前にまずユーザーの動作や表情の観察を。
例えば、セダンで前席に乗り込む時のことを想像していただきたい。まず扉を開け、家にたとえるとかまちに相当するロッカーと呼ばれる部分を乗り越え車室内床面に足を運ぶ。と同時に頭がフロントピラーにぶつからないよう背を丸めながらお尻をシート座面に乗せ、身体全体を車室内へ移動させる。フロントピラーの傾きが大きくシート座面が低い車、スポーツタイプの車だと結構難しい動作となる。
後席へ乗り込む場合では、ピラーの代わりに開口部の天井の縁に頭をぶつけないよう気をつけながら、後扉と後席シートの出っ張りの間にあるロッカーを乗り越え床面に足を運ぶ。この時体をねじりながらお尻を後席シートにドスンと乗せる。これがお年寄りの場合はこうなる。まずお尻を後席シートに半分乗せ、後扉とシートの出っ張りの狭い空間で、片足ずつかまちに相当するロッカーを乗り越えつつ、お尻をずらしつつ着座姿勢に至る。これはなかなか大変な動作だ。
カムリ──オーディオ受信性能評価
新型カムリを開発していた時のこと、販売中のカムリのJDパワー評価(調査会社JDパワー社の顧客満足度の評価で、ユーザーへの影響度が大きかった)の中にラジオ受信性能が良くないという指摘を見つけた。調べてみると、当時トヨタではデトロイト近郊でしか評価をしていないということがわかった。
私はその頃、新しく導入するカムリハイブリッドの米国適合ドライブ(ロス~ニューヨークを2週間かけてドライブ)を計画していた。このドライブ評価隊にラジオ専任者を設けいろいろな所でラジオを聴き続けてもらい、合わせて給油時にその時間を利用し付近にいる米国人に好みの音楽や車での音楽ソースをアンケートをしてみることを思いついた。
その結果、アバロン、カムリユーザーの多くは、CD、FMではなくAMを聴いていることが判明した。それまでトヨタの受信性能評価はFMでしか行っていなかった。ここでもユーザーとの対話型開発が役立った。
昨今、トヨタが「誰もが使いやすいタクシー」として開発したジャパンタクシーで、車椅子のためのスロープ設置がやりにくいということで乗車拒否問題に発展していると話題になっている。しかし、「ユーザーとの対話型開発」をキッチリとやっていれば、このような問題は起こりえない。
その13「CEは開発日程遅れを最大の恥と思え」
竹槍精神の無理な日程は引き受けるな、しかし一旦引き受けたら何が何でも死守すべし。日程遵守はCEのマネジメント能力が最も問われるところ。
その14「CEは一生懸命若手や次世代CEを育てよ、時には厳しく上手に叱れ」
テーマごとにアウトプットイメージとどう仕事を進めるかの段取りを確認したら任せてみること。Z(製品企画のグループ)特有の5つの業務、①開発提案資料作成 ②認証 ③質量企画 ④発売準備 ⑤RE(量産直前の工場常駐)チーフを極力早い時期に経験させること。
その15「CEは最も強力な新市場開拓の営業マン、積極的に新市場へ出かけよ」
特に海外の新導入国については自分の五感で潜在需要を感じ取れ。
その16「CEは自分を支えてくれる関係者全員に対する感謝の心を常に忘れるな」
技術部門関係者、社内関係者、仕入先、販売店、自分の家族……、常に相手の気持ちを思うことを忘れるな。
新商品を生み出すには、CEがいくら優秀でも、CE一人の力では如何いかんともしがたい。製品企画のチームメンバーに始まり、上司、同僚、後輩、設計、試作・評価、調達、経理、工場、生産技術、品質保証・サービスの社内関係者、社外の仕入先、販売店、広告代理店……、さらには、ジャーナリスト、学校関係者、本当に幅広い分野の方々の力を得られなければできるものではない。もちろん、妻や子どもたちも家庭サービスほったらかしの私を辛抱強く応援してくれた。感謝しかない。
CEの激務の様子はこれまで述べた通りだ。この激務を成り立たせる社内の各部署や来客との分刻みの会議設定、国内、海外を飛び回る出張の足、宿泊の調整などはとんでもなく大変だった。製品企画の各チームには庶務業務をやりながらCEの秘書的な業務もやってくれる女性がいた。私の行動や思考のパターンを先読みしてあれこれと調整してくれた。妻によく言われる。「あなたの仕事が務まったのは秘書さんのおかげよ」。本当にそうだ。改めて秘書の方々に感謝だ。
その17「CEは24時間戦える体力、気力を日頃から養っておくこと」
暴飲暴食は厳に慎むべき。ダイエットや体力向上に努めること。
どんな人がCEになるのか
講演などで、トヨタCE制度の話をする時、一番多い質問はCEに求められる資質についてだ。わかりやすく説明するのは難しいが、たいていは次のように答えている。
・開発する製品が好きで好きで仕方がないこと
・複数分野の専門知識に精通し、目的達成に必要となる知識の領域を短期間に拡張できる能力を持つと同時に、各分野の専門家集団を動かすための論理的思考能力とコミュニケーション能力をあわせ持っていること
・商品価値とそれを実現する各要素に関しての専門家と同等かそれ以上の詳しい知識レベルを有していること
具体的には、人文系の知識では、社会や顧客の動向、法律、規制など。経済系の知識では、利益、原価など。アート系の知識では、意匠、質感、感性価値など。自然科学・工学系では、使用環境条件、実現のための各専門技術などということになる。
・日本語力(わかりやすく伝える力)、リーダーシップ、人間力を持っていること
私が、世界戦略車カムリのCEを務めていた時、オフィスに掲げた行動指針が以下である。製品企画のチーム全員に徹底した。
1 新しいこと、難しいことへ積極果敢に挑戦
・自分がパイオニアになる気概
・フレキシブルかつ失敗を恐れないプラス思考
・お客様の圧倒的感動が発想の原点
2 Zとして強力なリーダーシップ
・専門家や関係部署の知恵の結集
・ものの本質や「こころ」を見抜く
・より広くより高い視点からの即断即決
3 社内外の関係部署から信頼されるZ
・企画内容、開発方針のわかりやすい説明
・公平でオープン、かつ約束、時間、期日の遵守
・議事録やエビデンスの作成
CEの育て方
トヨタのCE、主査といえば、歴史と伝統ある職位で重要な役割を担うとされてきた。しかし、その育成に関しては心細い限りだ。じつはCEに特化した教育はなく、OJTが基本とされた。私が2006年にダイハツへ出向してからだが、「トヨタで長期的な視点の下CEを育成しようと新入社員に車両全体を勉強させ、車両企画や5分の1パッケージ図を描かせる訓練を始めた」という話を聞いたが、残念ながらその後どうなったかわからない。
一般的には、さまざまな部署出身のエンジニア(または少数のデザイナー)が製品企画へ異動になり、修業を積み、主査そしてCEとなる。製品企画への異動時期は、係長時代、課長時代とまちまちだった。
私の場合は、次長昇格と同時に製品企画に異動になり、いきなり主査をやれということになった。本来は主査になるまでに、先輩の仕事ぶりを横目で見ながら製品企画の仕事を覚えるしかないのだが、私はその経験がまったくなかった。私のそれまでのキャリアは15年間のボデー設計、5年間の技術企画・技術管理で、それなりに幅広く経験を積んだつもりであったが、不安でいっぱいだった。
私が1996年1月、いきなり主査としてラウムを担当することになった時、上司だったCEの都築さんから次のような言葉をもらい、暗闇の中で一筋の光明を見つけた気持ちだった。
・ 車の各分野すべてに精通している、つまりオールマイティCEはいないから、自分の得意分野一つとあとは専門部署と話ができるレベルへその都度必死に勉強すればいい(だから知らないことわからないことが出てきても心配しなくていい、むしろ当たり前)
・ 設計や評価部署が右か左かと相談にきたらその場で即断即決し彼らの背中を押してやること。判断材料が足らないからと宿題を出すようではCE失格。後になって間違っていると気づいたらその時に訂正すればいい
・ 物事の本質つまりなぜそうなっているのかの背景、理由を見極め第三者にわかりやすく説明できるようにすること
・ 約束、日程は絶対に守ること
ダイハツに移籍してからだが、新入社員の時から、自動車という商品についての知識を体系的に学べるようにと、教育センターを立ち上げた。「走る、曲がる、止まるの基本」「40年前の車から最新型の車への進化」に始まり、「一人乗りFFカートを組み立てテストコースでの走行」で締めるというプログラムだ。新入社員はもちろんだが、もっと商品知識が必要な営業部門の中堅社員や事務系社員をも対象にした。私自身は、ひそかにCEを育成することや自分もこんな教育を受けていたらという思いを抱きながら、カリキュラムを考えた(第3章 その10参照)。
CEに任命される人材の経歴は、トヨタでは基本的にはエンジニアやデザイナーで、事務屋はいなかった。出身部署としては、ボデー設計、シャシー設計、エンジン設計、評価部署、デザイン部の出身が多い。生産技術部出身もわずかだがいたように思う。製品企画でチーム編成をする際、出身部署が考慮され、CEや主査が、例えばボデー設計出身だと、主査付きにはそれ以外の出身部署の経歴の人材が当てられ、チームとしていろいろな出身部署のメンバー構成になるように配慮された。
人材開発部は、事あるごとに、活発なローテーションをするようにと言うものの、現実には優秀な人材を上司が手放さない。製品企画をやりたいと自己申告で希望しても、なかなか叶わなかった。
技術系新入社員の憧れナンバーワンの仕事はCEなのだが、社内経験を経てその仕事の大変さがわかってくると、希望者が減ってくるという。残念なことだ。
第4章 CE制度を支えるトヨタの仕組み
CE一人の活躍によって売れて儲かる商品の開発が成し遂げられるわけではない。トヨタにはCEを支え成功に導くさまざまな仕組み、企業風土が存在する。
①原価企画
CE制度を支えるさまざまな仕組みの中で、最も重要なのが原価企画だ。トヨタでは他企業とは異なるやり方、仕組みを取り入れている。特長的なポイントは次の3点だ。
一つめは、トヨタの経理部では、企業会計(法律上必要)のための経理=財務会計と、原価管理のための経理=管理会計と二手に分かれて仕事をしている。
法律上必要ではない管理会計をわざわざやるのは、原価低減を行い利益を生み出すためだ。商品別、つまり車種ごとに原価を割り出し、原価低減に不可欠なデータベースをつくる。具体的には、生産ラインに届いた時点を想定し、一点ごとに、材料費、加工費、金型費(原価企画台数が設定されているので一点ごとの金型費を計算)などに分解され、歩留まり、不良率、生産性、設備や金型サイズを考慮し算定される。単品部品でない多くの部品から構成される部品でも同様だ。単品をアッセンブリーする組付け費がそれに加わる。トヨタで設計者一人ひとりが自分事として、仕事の中に原価低減の仕事を盛り込んでいけるのは、「商品別の原価」が常に開示されているからに他ならない。
原価のベンチマーク活動も徹底している。トヨタでは、他社が新しい車を発売すると最低でも2台は買い入れる。1台は完成車としてさまざまなテスト評価に用いる。もう1台はバラバラに分解し、どのような部品を使っているのか、どのような工程・工法で造られているのか、材質は、性能は、原価は、と調べ上げ、開発中の部品と比較する。トヨタの部品が負けていようものなら、負けを勝ちにするよう検討が始まる。
日頃から商品ごとの原価を出せるよう訓練をしているので、他社の部品の原価も推定できるのがトヨタならではの強みだ。この「バラバラ活動」は技術部門だけでなく調達部門、生産技術部門などでも行っている。
二つめとしてあげられるのは、トヨタの原価低減が企画段階から始まっている点だ。原価低減は以下の3つの段階において活動を行っている。
A 企画・設計段階
B 生産準備段階
C 量産段階
一般的な原価低減の意味する「ムダ取り」はCの量産段階での手法で、ここが世間では注目を浴びているが、じつは努力の割に成果は少ない。原価の大半は、A、Bの段階で決まってしまうからだ。トヨタは特にこのAの段階を最大の原価低減ポイントとみていて、「利益は企画・設計段階ですべて決まる」とまで言われ、CEの旗振りが大いに期待されることになる。
3つめは、「売価-利益=原価」の公式から、目標原価が与えられることだ。CEが任命される頃、販売側から開発部門に対して、競合他車より少しでも安くという考えと、車体カテゴリーやサイズ、エンジン排気量などから、車両販売価格が提示される。
また、利益は、会社全体の利益計画から車種ごとに分担額が示される車種別利益ガイドラインが存在し、この車種ならいくら儲けなくてはいけないかすぐにわかる。従って、この公式から、これから開発する車の原価目標がおのずと見えてくる。この目標を達成し、企画台数以上を販売できれば会社の利益計画も達成できることになる。
もう少し詳しく見ると、図4‐1に示すように、車1台全体の目標額を、ボデーでいくら、シャシーでいくら、エンジンでいくらというように、部位ごとに分解していく。さらにボデーの中でも分解され、最終的には部品1点ごとに、原価目標が割り振られる。
https://gyazo.com/d3d4ebc311a8366849f5ec726f37836f
https://gyazo.com/bf96ad3477bcabac9a0e718307fc37ca
これらが積み上げられ、製品企画車両の見積もりとなり、原価目標との乖離額が、すなわち必要低減額ということになる。立ち上がりまでにこの乖離額をゼロ、もしくはマイナスつまり目標値以下にすることが求められる。
そのために、製品開発初期の段階で、設計5部に原価目標を認識してもらう。もちろん部単位、室単位、部品単位に落とし込まれていく。
この乖離額ゼロに向けた原価低減活動が必死に行われる。CEもいろいろな場面でこの活動に関わる。理想的には、正式図出図までに達成できればいいのだが、多くの場合、出図段階で達成できることは少なく、立ち上がり直前まで活動は続けられる。稀に立ち上がり後も行われることもある。
部品別原価低減検討会、他車比較原価検討会などが開催され、役員同席で、設計だけでなく、経理、調達、生産技術など関係部門も出席のもと、低減の叡智を結集する。全設計の部品の検討会をやるのに1週間近くを費やすことも珍しくない。
②問題解決
これは、QCの教科書には必ず登場する8ステップで行う問題解決法のことだ。トヨタではこれを、理論から実践まで、新入社員の時から管理職になっても幾度となく事務屋、技術屋、現場作業者の区別なく徹底的に鍛えられる。
ステップ1 問題を明確にする
ステップ2 現状を把握する
ステップ3 目標を設定する
ステップ4 真因を考え抜く
ステップ5 対策計画を立てる
ステップ6 対策を実施する
ステップ7 効果を確認する
ステップ8 成果を定着させる
最初のステップは問題発見。講師や上司の前で「自分の周りには特に問題ありません」などとうまく立ち回ろうとしてもムダだ。「問題のないことが一番の問題!」と一刀両断にされる。「問題とはある基準からの乖離のこと」と教わる。すでに目の前に見えている問題は発生型問題で、今すぐには問題ではないが、将来基準が変わることを想定すると、乖離が生まれるというものを設定型問題という。
最後のステップ8の成果の定着に関しても、トヨタでは誰がやっても同じ成果が出せるように成功のプロセスを「標準化」している。
私が一番印象に残っている問題解決は、係長への昇格前に行われた中堅社員特別研修でのもの。総仕上げが問題解決だった。通常業務の傍ら約半年間、4回(①経営環境 ②組織運営 ③リーダーシップ ④問題解決)数ページにわたるリポートをまとめなければならなかった。そのうち2回は、リポートに加えA3一枚にもまとめなければならない。
提出日の前は毎回徹夜、当時はまだワープロ、パソコンがなく、清書の前の下書きは当たり前。清書では、太字が書ける2B鉛筆も用意し、強調したい字句はそれで書いた。明け方近くに何とか完成させ眠い目をこすりながら出勤したのが懐かしい。私が問題解決に取り上げたテーマは、「スープラモデルチェンジ開発における不具合の早期摘出、早期対策」だった。多くの問題点をいかに早く見つけ対策を打つかというテーマだった。
トヨタでは、全社員がこのような問題解決法をしっかりと身につけ、問題が解決してもさらなる高みの目標に向け、改善を続けていくことが当たり前にできている。この風土がCE制度を支えてくれている。
③伝え方
最近のトヨタでは、さすがに手書き書類を見かけなくなったが、アナログ型思考のA3、A4一枚の書類による、人を動かすための「伝える」というコミュニケーションの精神が、トヨタの至る所で脈々と受け継がれている。A3一枚にまとめる訓練は新入社員教育の時から始まる。
トヨタでは「伝える」ことの本質は、「最終的な行動につなげること」と言われている。トヨタでは、伝えることを「目的」ではなく、実行に移すための「手段」だととらえている。
以下私が経験してきたポイントだ(『トヨタの伝え方』桑原晃弥、あさ出版、2016年も参考にした)。
1 確実に何かを伝えるためには、考え方をシンプルにまとめ、はじめに結論を言う
伝えたいことにタイトルをつける。伝えたいことを3つにまとめる。
2 必要事項を「紙一枚」にまとめる
トヨタでは必要事項はすべて「A3またはA4サイズの紙一枚」にまとめるという不文律が浸透している。パワポが主流になったとはいえ今でも残っている。そのため、どんなタイプの人も、おのずと短く書く習慣がつき、ひいてはそれがムダのない考え方をする思考風土をつくりだしている。
3 「見える化」でその内容を相手の心に届ける
「図表にする」「張り出す」といった一般的な「見える化」はもちろん、「やってみせる」「態度で示す」といった実践的な「見える化」も重視される。
4 「どう実行するか」もあわせて伝える
普通は「わかりました」の返答をもらって終わるところを、そこで終わらせず、実際にやったかどうかまでを必ず確かめる。当然、伝える時も、「理解してもらおう」「納得してもらおう」とするだけでなく、「どうしたら行動に移してもらえるか」までを意識する。従って、「気をつけよう」「頑張ろう」を結論にすることはなく、「頑張るとは具体的に何をするのか」というところまで、相手に示唆する。
5 失敗に価値があることを伝える
大切なのは、失敗から学ぶこと。失敗を次の成功を生み出す機会ととらえる。トヨタでは、失敗をリポートにして他の人に伝えることが求められる。「なぜ失敗したのか」という原因を5回以上の「なぜ」を繰り返し究明し、「同じ失敗を繰り返さないためにどうすればいいか」という対策にまとめて文書化する。
6 悪い情報も「見える化」する
いい上司は、部下が悪い情報を伝えても、決して叱らない。むしろ「ありがとう」とさえ言ってくれる。正しい判断を下すには、「バッド・ニュース・ファースト」の考え方が重要。トヨタでのさまざまな「見える化」の中の一つに異常や問題が起きた時は、すぐにその不具合をみんなに見えるようにする。悪い情報を改善のチャンスとして前向きにとらえる風土につながっている。
7 嫌がられるほど言い続ける
自分の意見や思いがうまく伝わらない時は、相手のせいにしないで、原因を自分の中に探してみる。リーダーがやるべきことは、わかりやすい言葉で繰り返し説明し、全員が同じ目標に向かって能力を発揮できるように、コミュニケーションを取り続けること。トヨタでは、上司に一度却下されたアイデアでも、二度、三度と手を替え品を替えて主張し続けよと言われる。
8 議事録を必ず作成する
会議での意思決定は正確にかつ誤解が生じないようわかりやすく明文化、また、宿題事項(誰が、何を、どうする、いつまでに)も明文化し後日フォローしやすくする。この習慣も全社に定着している。また、私は、議事録を書記がそのまま発行するのは厳禁とし、上司の確認を義務付けた。時に書記役の日本語力の不足で、会議での結論が正しく伝わらないことがあるからだ。重要な会議や大きな宿題が出された議事録は私自らが目を通しサインした。議事録はその会議で生まれた叡智の結集。次回の会議では、まず前回会議の議事録のおさらいから始めた。
最後にもう一度A3一枚のメリットを整理する。
・案件テーマに関して、限られた紙面の中に極限まで絞り込み磨きあげた言葉、数字によって、起承転結で簡潔にまとめられている。従って、数十秒で読め仕事のスピードアップにつながる。
・一人の人間が与えられた時間内で、体系立てて説明できる情報量には限界がある。聴く側にも限界があり、A3一枚がちょうどよい分量。
・二つに折ればA4にファイリング可能。
④教育システム
トヨタは社員教育にお金と時間を使う会社だと言われている。私自身非常に多くの学びを与えてもらった。
まず「階層別研修」として、新人研修、階層ごとの昇格前と昇格後の研修、管理職研修がある。
「専門教育」としては、トヨタウェイ、問題解決法、統計的品質管理、職場ごとに必要な専門教育(例 ボデー設計部でのコンピューター作画)、デザイナー育成教育、自動車工学の各システムや部品の詳細教育、部品表システムの教育がある。
自動車のメーカーだけに、「運転教育」もある。中級運転免許、上級運転免許(東富士テストコースで約2ヵ月、上級運転技能を徹底的に叩き込まれる、車の性能評価のための運転技能訓練だ。一番お金がかかっているといわれる教育だった)などがある。
「語学教育」としては、英会話、英語以外の語学研修、短期留学、赴任前研修。また、国内企業や海外企業への「出向研修」もあった。
さらに社内外の「有識者による講演会」が、経営企画部や技術管理部、マネジメント研究会やトヨタ技術会などの企画で行われ、多くの見識を学ばせてもらった。新入社員時代に聴いたトヨタ生産方式生みの親といわれる大野耐一副社長(当時)が講演で「うまくいった時にも『なぜうまくいったのか』と反省することが大切なのだ。それではじめて『どうすれば良いのか』を本当に理解できる」「『科学的』というのは知識を持つことではない。『なぜか』という疑問を持つことだ。人は疑問を持っている間だけ進歩する」と語った言葉は、今でも記憶に残っている。
⑤日程管理
第3章その13では、日程管理はCEの管理能力が最も問われるところだと述べたが、トヨタでは、CE以外にも、日程管理、つまりプロジェクト進捗管理をきめ細かく行う専門の部署が存在する。
生産管理部門の中に、新車進行管理部という少し変わった名前の部があるが、そこでは、主に生産準備フェーズ以降の業務進捗管理をやってくれた。製品開発部門から受け取った情報、図面を基に、金型や生産設備の設計、それらの手配、また、工場新設が絡めば工場建設の進捗管理など。また、課題を抱える仕入先についても、調達部門とともにフォローする。じつは、生産準備の業務を予定通りに開始するには、期日通りに図面や設計変更指示が発行されなければならない。従って、製品開発部門の業務進捗状況もしばしばその管理下に置かれた。
このような部署の存在も大きかったが、全社員が一度決められた日程は何が何でも守るぞと強い気持ちを持ち、日々仕事に向かう意識が社内の隅々まで浸透していた。ボトルネックとされる部署は日程遅れの挽回に真剣に取り組む。後々、○○部署のせいで日程が遅れてしまったと言われることのないよう必死だった。これが予定通り多くの新製品プロジェクトが立ち上げられた理由だろう。国産の民間航空機が何度も納期延期となっているが、トヨタのような日程管理の下ではまずありえないと思う。
⑥デザイン
私からすると、コンセプト、言葉を具体的な形で表してくれるデザイナーは凄い才能の持ち主だ。また、デザイナーの他にクレイモデルを削るモデラーという技能集団がいたが、本物と見間違えるような造形テクニックには恐れ入った。ホンダ、日産に比べ人数的には決して多くはないそうだが、新しい造形にチャレンジしていこうとする姿勢は絶対に負けないという。
⑦品質改善と顧客志向
見かけの品質というよりも耐久品質、つまり壊れない車、サービスしなくてもいい車を造りあげる仕組みがトヨタの製品開発システムを支えている。
⑧協力企業
⑨生産技術
技術部門がつくった図面を基に、実際の部品や最終的な車にしてくれる部隊が生産技術だ。プレス、溶接、塗装、組立、樹脂成型、鋳造、鍛造、機械加工、機械組付け……。それぞれ非常に奥が深い生産技術の世界。「売れるモノを売れる時に売れる数だけ売れる順番に造る」というトヨタ生産方式を各々の工程で体現してくれる。
彼らがいなければ、いくら売れるモノが企画、設計できたとしても、造れなければ元も子もない。開発の途上では、幾度となく技術部門と生産技術部門との間でお互いに納得が行くまで話し合いが行われる。
なにが凄いのか、その一例としてプレス金型について紹介したい。設計者が描いた図面通りに金型を造っても、図面通りのプレス品ができるわけではない。なぜならスプリングバックといって金型から取り出した際に形状が少し変化するからだ。プレスの条件、鉄板の材質などにも左右される。さらにしわや割れが発生したりもする。従って、実際には製品図面とは異なる形状の金型を造らなければならない。これぞ生産技術の長年の経験とノウハウだ。
⑩技術者集団
多くの優秀な技術者たちを忘れるわけにはいかない。ボデー、シャシー、エンジン、駆動系、電子部品、材料……。各々の専門分野で「世界一のエンジンを」「世界一の走りを」「世界一の安全性を」などと世界ナンバーワン技術者を目指し日夜涙ぐましい努力を続けている。
CE制度導入失敗談
数年前、中国EVスタートアップ企業から「トヨタのCE制度導入」のコンサルティングを頼まれた。その会社のトップは、「次々とヒットし、かつ儲かる商品を生み出す」この制度を欲しがった。しかし、CE制度を自分の思い通りのヒット商品を生み出すことのできる「打出の小こ槌づち」と勘違いをしていたと思う。
これまで述べた通り、いくらCEが優れていても、商品企画に始まり、デザイン、開発、生産技術、工場、仕入先、品質保証、販売などが、それぞれ機能を発揮、協力する企業風土がなければ、ヒット商品、儲かる商品は生まれないし、自動車ビジネスは成立しない。
その時コンサルした企業は、ものづくりの経験はないままいきなりEVの製造販売を目指していた。自動車を量産、販売するためにはCE制度より先に、さまざまな仕組みが機能しないといけない。ヒットする商品の企画や開発の仕組み、大量に、安く、バラツキなく造る生産の仕組み、販売サービスの仕組み、利益計画を現実のものにする原価企画の仕組み、多くの外注部品を必要な時必要なだけ集められる仕組み、トヨタでは当たり前の自工程完結の仕組み、社員全員の教育の仕組み、それらが誠にお粗末だったように感じた。
私がコンサルを始めてしばらくして、問題の全貌が見えてきたので、CEの仕組みを導入する前にまず自動車の製造、販売の会社になってくださいと忠言したが、経営層は耳を貸さなかった。立派な工場は完成したが生産が軌道にのったという話は聞こえてこない。
第5章 CEの本棚
トヨタ時代(~2005年)
ダイハツ時代(2006年~)
おわりに
◆参考文献、引用文献